ゆっくり監督ギラヴァンツPの徒然にっき。

ぎらりょうの楽屋にっき。

ニコニコ動画で投稿中、【ゆっくり監督はギラヴァンツを有名にしたい】の投稿者が動画作成の裏話から好きな話まで何でも徒然なときに綴ります。

もはや総集編じゃない、完全新作だ。劇場版スタァライトを見てとにかく書きなぐった感想(途中からネタバレあり)

こんにちは、ぎらりょうです。

 

やっと。

やっとこの日が来ました。

コの字のウイルス君のせいで奪われていたこの瞬間。

 

『少女歌劇レヴュースタァライト ロンド・ロンド・ロンド 再生産総集編』

cinema.revuestarlight.com

 

公開初演をT‐JOYリバーウォーク北九州さんで見て、感動して、興奮して、絶望して。

感じたことをここに書きなぐろうと思います。

 

でもネタバレ、いやですよね?

なのでネタバレありの感想は途中から。

前半はネタバレなしの感想でネタバレ部分の間には間隔をあけているので、映画を見れてない方やこの映画からスタァライトの世界に飛び込むか迷っている皆様も安心してみられるようにしてます!

 

まず気になること。

「総集編だからTVアニメ版を見ていないと理解できないのでは?」

という疑問について。

 

これは自信をもって言えますが、スタァライトの魅力についてはこの劇場版で見事にまとまっています。

むしろ3か月12話という長さで積み重ねたスタァライトの良さを2時間の映画で出せるのか?という心配はTVアニメ版履修者のほうが持っていましたが、それも心配ご無用。

この2時間の中で自分がスタァライトに目覚めたあのストーリーをしっかり体験できました。

 

スタァライトの魅力、僕はまさにその「積み重ね」だと思っていますが、TVアニメ版を本当によく再編集していて、2時間の枠の中で「積み重ね」がはっきり分かるいい流れになっています。

 

初見の方はぜひとも劇場版からスタァライトの世界に入って、楽しんでもらえると本当にうれしいです。

また、丁寧に編集されているとはいえやはり駆け足で説明・描写がされているシーンもあります。

その部分はTVアニメ版でしっかり丁寧に描かれているので、劇場版を見てからTVアニメ版を見るのも全然アリだと思います。

 

ここからは初見の方にもTVアニメ版履修者にもおススメ出来る点ですが、やはりこの作品の華は「レヴュー」。

豪華な音楽を素晴らしい音響で聞きながら見るバトルシーンはぜひ映画館で見てほしい。

またTVアニメ版履修者だからこそわかる仕掛け・再生産が行われているので「TVアニメ版で見たから総集編はいいかな……」そう思っているそこのTVアニメ版履修の皆様はぜひとも劇場に行ってほしいなぁと思ってます……!

 

あ、ちなみに初見の方へ。

ある組み合わせの「レヴュー」に関して「いきなり突拍子もなく入ってるなぁ」という感想を持つかもしれません。

それに関してはTVアニメ版でも割と独立した話になってるのでご安心ください(安心?)。

といってもTVアニメ版での描写を見るとより理解が深まりますし、あの9人だからこそのお話なんだという理解ができると思うのでぜひTVアニメ版を見てください(沼への手引き)

 

あとTVアニメ版履修済みの方へ。

どこがカットされどこが編集されているか。

不安があるかと思います。

でも、制作陣を信じてください。

しっかり答えてくれますので!

 

ということでネタバレなしの部分終了です。

ここまでは比較的冷静に書けました(執筆時感想)。

これより後はネタバレ編。

ぜひ劇場で、見れない方は見た後で、戻ってきてください。

見たよ!という方。

一緒に発狂しましょう。

 

 

 

 

 

 

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以下ネタバレあり

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ということでネタバレ編。

まずは一言。

 

中村彼方テメェこの野郎ァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(クソデカ感情)(超誉め言葉)

 

なんなんだ最後の10分。

なんなんだあの血まみれの絵。

ばななお前は”どのタイミングの”ばなななんだ。

感想がまとまらない。

なんなんだあのラスト。

 

『これは、運命で結ばれた女神たちの物語。たとえ悲劇で終わるとしても。』

 

監督古川知宏ァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

脚本樋口達人ァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

どうしてこのセリフをばななに言わせたんだオラァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(再度のクソデカ感情)(誉め言葉)

 

『少女よ ロンドはいつしか終わる だから眩しい』

 

中村彼方テメェこの野郎ァなんでこんな歌詞を書いた!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(再生産されるクソデカ感情)(もちろん超誉め言葉)

 

『舞台少女の、死。』

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(語彙力喪失)

 

はい、まずは吐き出しました。

いやぁ、見ているときに思ったんですよ。

ばななの描写で、退学した二人に触れられていないことを。

「ばななが再演に目覚めた大切なピースの一つなのに、カットなんだ」って。

新章・スタァライトを見ながら感動していても、心の底にその違和感はあったんですよ。

その違和感を、最後の10分で爆発させてきた脚本。

そうなんだよ、前に進むということは、誰かが欠ける可能性が生まれる。

トップスタァが決まれば、それ以外の人はトップスタァにはなれない。

本編ではばなな回以降はあまり触れられない部分を、ここにきてクローズアップ。

 

見たい。

見たいんだけど、怖い。

 

『演じたはずの舞台 なのに わたしの知らない舞台』

 

大場ななという人物があのオーディションを通して感じたであろう感情を、ここまで実感させるこの総集編は、もはや総集編じゃない。

完全新作なんですよ。

その脚本が本当に素晴らしく、本当に恐ろしい。

 

総集編ED曲『再生讃美歌』。

公開を心待ちにしていたからこそ何度も何度も再生し、歌詞も覚えるくらい聞いた曲。

その曲の表情が、この2時間で化けた。

 

過去に固執したばななを慰め、前を向かせる曲。

そんなイメージが完全に崩れました。

 

『選ばなかった過去たちへ 静かに捧ぐ讃美歌を』

この歌い始めの一文すら、今は怖い。

 

『少女よ ロンドはいつしか終わる だから眩しい』

最後のコーラスは、ばななに向けたエール。

そんな解釈が今はできない。

「眩しい」と「舞台少女の死」が、不協和音ではなく共鳴している。

だから、怖い。

 

TVアニメ版レヴュースタァライトは、12話で綺麗にまとまった素晴らしい作品。

だから続編はないと思ってました。

そこにきての続編の話。

もちろん銀幕であのレヴューを見られると思うと興奮し、喜びました。

 

一方で、あの綺麗な幕引きからどうやって続編を作るのか?

アニメ版”は”よかった。

そういわれる作品になってしまわないか。

そういう不安も、確かにありました。

でも『再生讃美歌』の動画公開、そして劇場版特報。

それをみて不安は解消されました。

 

そして今、その不安は別の形で生まれました。

あの綺麗なエンディングから、本当に悲劇で終わってしまうのではないか。

たしかに「スタァライト」は悲劇の物語。

劇場版で、それを回収してしまうのか。

 

そこまで思い至った結果、

「ああ、ばななはこんな怖さを知り、それを消すために何度も何度も再演を重ねたのか」

そういう結論に至りました。

 

ロンド・ロンド・ロンド。

ご存じの通りこの名前は、ばななが再演を繰り返した7話。

そして華恋に敗北し、純那に救われた8話で流れるピアノ曲

その名前がつくのにふさわしい、大場ななを追体験できる作品だからこそ。

 

『劇場版少女歌劇レヴュースタァライト ロンド・ロンド・ロンド』

 

この名前で総集編が作られたんだということを感じます。

 

と、考えると。

たしかに新作は怖い。

ばななもその怖さを力に変えて戦い、そして負けた。

でも、その後はあの第100回聖翔祭。

進むのは怖いけど、それでも尊いこと。

そんなメッセージを発信してくれた制作陣を信じて、来年の新作公開を待ちたいと思います。



……なんだか締めの雰囲気出しちゃったけど、まだ感想垂れ流していいかないいよありがとう。

 

一番感情を持っていかれたのはたしかにばななだったけど、それ以外でもたくさん楽しめた今作。

 

まずは純那ちゃん。

いやまず焦りましたよね。

え、レヴューカット!!??

たしかに時間制限はあるけどさぁ……

そこをカットするのかよ……

そんな絶望を感じながらお話が進み、まひるもふたかおもカット!?と続けざまにショック。(いやまあふたかおは割とカットされそうと予想してたけど)

こんなにカットするということはよほど新規シーンがすごいんやろなぁ……

 

そんなハードルが上がり続ける中での純那再生産シーン。

もうあれは初見でしか味わえない、としか言えないほどの高揚感。

そして「脚本、あまりにも観客の心をわかっている……」という感心。

あやうく声が出かけましたよね。

そして驚きは続き。

The Star Knows(another Ver.)という表記。

もうね、お手上げ。

こんなん総集編とちゃうやん。

完全に新作やん。

この一連の流れは本当に素晴らしいと感謝カンゲキ雨嵐。

 

スタァライト初見の方にも分かりやすい流れだろうし、TVアニメ版履修者にとっては素晴らしすぎる仕掛け。

その仕掛けも踏まえ、僕はこの作品は完全新作であると思いますね。

 

そして始まる劇場アレンジのレヴュー曲達メドレー。

音源化はよバンバン。

 

何より驚いたのが、かれひかVS真矢クロのレヴュー曲変更。

Star Diamondのイントロが流れたとき、完全に混乱しました。

あれ、この曲こんなんだったっけか。

そんな疑問を持つうちにサビが流れ、ようやく理解。

ここに関しては賛否両論だろうなぁ。

そう思ったし実際そうだと思います。

 

でも、最後のシーンを見てから考え(というか考察)としてはすっきりしました。

TVアニメ版は「Star Divine」の「フィナーレ」、つまり作品としての”終わり”を暗示させる曲なんですよね(ファーストシングルが「プロローグ」だったことに対する返答でもあるので)。

 

でも、この映画では違う。

この物語は第100回聖翔祭がゴール「ではない」世界。

まだ続きがある世界なんですよね。

そう考えると、たしかに「フィナーレ」ではない。

だからこそのレヴュー曲変更なのかな、と思います。

 

というかこの映画のばなな、「TVアニメ版のばなな」ではない気がすごくするんですよ。

しかも、「TVアニメ版のばなな」の「後の」ばななである気がするんです。

 

だとしたら、なぜばななはまたキリンと話しているんだ?

オーディションがまた始まったのか?

そうなると、ばななはどうして参加したのか?

そしてなぜ、ひかりと再び対峙したのか?

 

一気に謎が増えるんですよね。

でも「レヴュー」を大切なものとして書き続けたこの作品が安易なレヴュー曲変更をするとはとても思えないんです。

となると、あの変更も重大な伏線たりえる演出だと思います。

まあこここそ来年に期待の部分。

 

それ以外にもここすきポイントがたくさん。

 

開幕再生産バンクといういきなり血糖値が上がってステーキ出てきそうだな!という開幕。

タイトルロゴ後最初のセリフが

「確かにあの日見たんだ 弾けた星のキラメキ」

という『星のダイアローグ』の歌詞。

開幕初回先頭打者サヨナラ逆転満塁ホームランかよってくらいの畳みかけが最高。

 

場所や舞台の説明が字幕、そこはかとないシン・ゴジラ感すき。

視聴者に投げかけたセリフがカットされたため、映画ではなぜかカメラ目線で固まってるキリンに草生え生え。

純那ちゃんの唇、あんなエロかったっけか。

何気に『星のダイアローグ』は最後しか流れなかったけど、それが一番好きな2番の歌詞だったので(TVアニメ版もだけど)個人的に歓喜

というかTVアニメ版の話順組み換えが神。

純那ちゃんの精神的な強さがすごく目立つ流れになっていて最高。

というかあの「アタシ再生産」最高か????

特報のカットを使った純那再生産は最高に燃える。

 

「#細かすぎて伝わらないロロロ好きなシーン」ってタグができそうなほど丁寧に作られていて良きでしたね。

 

そして一気見したから改めて思う、第100回聖翔祭のキリンのおもろい違和感。

絶対観客頭に?浮かべたでしょ(批判じゃないよ)

 

話戻りますけど本当に話順組み換えがよくて、初見の方にはむしろ分かりやすくなったんじゃないかなと思うんですよね。

 

ただ一方でどうしても駆け足なのでカットされる部分もあるけど、そこがやはり劇場版からスタァライトされた初見さんに見てほしいんですよね。

学年最下位で入学したけど努力を続ける双葉、その双葉と波長が合うのが学年2位のクロディーヌっていう良さだったり、ひかりのレヴューでは回想の東京タワーのシーンがオルゴールパートなのでよりエモ味が強いしなので、ぜひ見てほしいなぁと。

 

とにかく書きなぐり続けましたが、いったん体力の限界。(あと記憶力)

単純に純那ちゃんの再生産シーンを見るだけでも2度目を見る原動力になっているので、また2度目以降見たうえで新しく感想が出来たらここに書きなぐりにきたいと思います。

 

※2回目見に行く燃料になってる他の方の感想考察とあと追記

・星々の絆、歌パートで華恋パートがばななパートになってる

→ウッソまじかよ気づかなかった待ってまた”意味”が付加されるじゃんやべえ。

・”再生産”総集編ってそういう

→それだわ誰だ総集編の内容を”再生産”したの。

・真矢クロてぇてぇ

→わかる。

・最後の最後、華恋がついに「自分の舞台」について言及してた

→マジで?その辺呆然としてたわ。これまで相手の土俵で勝ち続けた華恋の固有結界めっちゃ気になるんだが。

・てかこの公式のツイート

普通に本編絡んできて草

→ 自分のツイートだけどホンマそれと自レス。というかキリンが疑問形で投げかけてくるの初めてじゃね?やっぱこの総集編なんかおかしい。

 

本当たくさんの感想がSNS中心に上がってますが、この”再生産”総集編、もしかして本当にまずい状況の中での、ばななの回想という作品になってる気がする……気がしません??

『少女歌劇レヴュースタァライト ロンド・ロンド・ロンド 再生産総集編』

今は最初に記載したタイトルをこう書いてますが、最初は

『劇場版少女歌劇レヴュースタァライト ロンド・ロンド・ロンド』

としてました。

でも、「再生産総集編」という部分が本当に大事な部分じゃないかなということで修正。

普通総集編+αならわざわざ「再生産」ってつけなくてもいいんですよね。(もちろんこのワードは作品にとって最重要ワードでもありますが)

この「再生産」というワードが入ることで、最後の10分間の解釈が相当広がります。

いや広がらないでくれ怖いから。

誰が再生産したんだ本当に。

 

そしてさっき気づいたんですけど、TVアニメ版って華恋以外のオーデション参加者がキラメキを無くす描写がないんですよね(ひかりちゃんを除く)。

そうなると「たとえ悲劇で終わるとしても。」というセリフで占められるこの映画の特報、それが意味するのは他のオーデション参加者が「キラメキを無くす未来」があるということなのか……??という恐怖。

 

双葉に最高の景色を一番に見せる希望を無くした香子。

トップスタァに君臨し続けることの意味を見失う真矢。

真矢に負けないという反骨心を忘れたクロディーヌ。

そんな悲劇で、戯曲スタァライトは終わってしまうのか。

 

あのふたりのトップスタァが誕生したことにより、それを叶えるための代償は必要なはず。

だって必要としなくなったという説明も、描写も、総集編含めないのだから。

 

え、本当に怖い。

「さあ総集編でスタァライトされたみなさま、来年この制作陣がどのような「終わり」を見せてくれるのか。

それに期待しながら公開を待ちましょう!」

とさっきは締めたけど、改めて考えると相当な恐怖ですねこれ。

 

でも。

その恐怖を超えてばななは第100回のスタァライトに辿り着いた。

であれば、ばななの追体験をした自分たちにも希望は残っているんだと思います。

だからこそ、こわいからこそ。

やっぱり、制作陣を信じましょう。

 

※記事書きなぐり後Twitterでも再度与太話が燃えたので追記2

・ロロロラスト、キリンが言う「ワイルドスクリーンバロック」の意味を調べた結果、参考文献としてプロメアが必修科目となりましたという話。

→先に元の言葉であるワイドスクリーンバロックの意味を考える参考文献を。

https://ncode.syosetu.com/n9205cn/12/

Wikipediaに記載されているけど、ワイドスクリーンバロックと言われる作品群の、日本で馴染みやすい例としては「グレンラガン」「キルラキル」とあって、なおかつ上記の記事を要約したところ「トンデモスケール・クソデカ設定をこれでもかとぶち込み、その上で観念的な話がオチに来る」という作品群であるという解説を発見。
グレンラガン」「キルラキル」は未見だけど、共通するのはTRIGGER作品という点。そして作品群の特徴を見るとまあ完全にプロメアの話なんですよね。(詳細はプロメアのネタバレになるからここでは省略)
ただそうなると「観念的な話」はこのスタァライトではどの部分を指すのだろうという疑問。
そして「クソデカ設定の氾濫」という要素はまあまずあのオーディションの時点で謎設定だし、そもそもなんでキリンがしゃべるの?だし合格したらタイムスリップもできるって魔法じゃん??なので現時点でも要件はある程度満たしていそうだけど、わざわざ最後にこの単語を入れたということは次回の完全新作において更なるクソデカ設定がブッこまれるんかということなのでは。
というかそもそも再生讃美歌の歌詞の時点で「選ばなかった過去たちへ」という多重時空の話をしているわけで。
そうなるとどこまで話は膨らむんだろう、そしてどうオチをつけるんだろうというという期待と不安が。

ここまで書いて気づいたけど、そもそもこの「レヴュースタァライト」というコンテンツ自体が「二次元」と「三次元」の両面同時(同時ではなかったかも)スタートという、ある意味次元を超えた動きをしているわけで。
そうなるとたしかに、ワイドスクリーンバロック作品として最初から相性がいいのかもしれない。
というか、これもしかして「アニメ」「舞台」「ゲーム」そして「劇場版」のすべてが混ざり合うようなトンデモスケールな話になっていくのかなという予想。

そして、キリンが言ったのは「ワイルドスクリーンバロック」という言葉。

ほんの少しだけ違うけど、その違いが何を意味し、何を生み出すのかは本当に楽しみ。

(というか一時期公開されていた新劇場版の予告に「ワイルドスクリーンバロック」の文字があったって忘れてたゾ……表記も「ワ(イ)ルド」だしルじゃなくてイが括弧入りなのも絶対何か意味があるゾ)

で、ここまで書いて予想が生まれたけど時空とかを超える話になるってことは新劇場版でいきなり実写(舞台)映像が流れそう、流れそうじゃない??

色々妄想がはかどって最高ですね。

 

・冒頭でのアタシ再生産シーン、最初はインパクトを狙った演出かな?と思ってたけどよくよく考えたらあの時点で一度再生産されたっていう表現なんじゃないかと思い始めた

→感想をあさってたら古川さん、庵野監督リスペクトが強いらしいとの情報がよく流れてたのよね。

ちょうどシン・ゴジラを見ててこっちも冒頭「東宝ロゴマークが2度出る始まりなんだよね。
で、ここの解釈で「1度目はシン・ゴジラとしての始まり、2度目はシン・ゴジラ内の記録映画としての始まりではないか」っていう考察があったのを思い出したのが事の始まり。

新劇場版の予告だったり演出装置も庵野監督っぽさもある部分があるから、ロロロの冒頭に関してもインパクト以上の意味が込められている気がする。

そういえば終わった後の感想でも「エヴァみたいな空気になってた」的な話もあった気がする。

 

さあこんなに考察がはかどる今作。

プラスな考察からマイナスな考察まで多種多様な見方ができますけど、最後は笑顔で終われるスタァライトであるよう祈念してこの記事を締めます。(また追記するかも)

みんな、信じよう。

 

PS.もはや神頼みしかないのでは。

PS2.公開特典は星見純那ちゃんでした。劇中の再生産シーンは本当に感動した。

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